努力を忘れた努力家にはプライドしか残らない。
〜努力を忘れた努力家にはプライドしか残らない。〜
私は、自信をなくした。
歌うのが楽しくなくなった。
もともと対人関係が苦手なのに、、
ましてや人前に立って何かをするなんて。
人前に立つと、人一倍緊張して、
頭の中が真っ白になる。
もともと話が下手だから、
あらかじめ準備してきた話を暗記して喋ろうとする。
なのに暗記したことすら忘れ、テンパる。
そんな、恥ずかしい私を人前に晒す、
私自身が1番憎かった。
変なプライドがあったから。
「失敗してもいいじゃない?」
そんな風には思えなかった。
人からどう思われるかをひたすら気にして、
完璧じゃないと、嫌だった。
私は、なんでそんな性格になったんだろう。
考えていたら、ふと思いついた。
昔、私は努力家だった。
ピアノを幼稚園から習い、毎日欠かさず練習し、
遊ぶ時間も惜しんで取り組み、
地区のコンクールで何度か優勝した。
中学では、オール4も取れていなかった成績を、
最終的にオール5まで上げた。
毎日ひたすら勉強していた。
当時の私は、死ぬほど努力をしていた。
その結果、褒められるのが当たり前の生活だった。
ただ、それは、努力を辞めた「今の私」にとって
ただの暗黒時代にすぎない。
努力をした結果得たものについて、
「私はすごい」と、一瞬でも思ってしまったが故に
努力を忘れてしまった。
努力を忘れた努力家には、プライドしか残らない。
プライドの高さとは、
"全盛期の自分"と"今の自分"の落差であると思う。
褒められるのが当たり前だった私も、
当然、褒められることがなくなった。
貶されているわけではないのに、
"何も言及されない"ことすらマイナスのように思える。
私は、ふとそう思って、
それが今の悩みの根源だと気が付いた。
"歌手活動をしている人"は、
"歌が上手い"のが当然である。
上手くても、いちいち褒められるわけではない。
それを、"褒められない"からといって
"評価されていない"と思い込むのは間違っている。
実際、私はボイストレーニングを受けたわけでもないし
音が外れているのが自分でも分かるくらい音痴だから
上手くはないのは分かってる。
でも、現に応援してくれる人はいて、
私の歌を好きでいてくれる人もいる。
全員からいい評価を受けなくても、
そういう人から大事にしていけばいい。
もし皆に嫌われたとしても、
私は、1人になっても歌う。
なんだか勇気が湧いてきて、
2週間後、ふたたびステージに立つことを決めた。